個人業を廃業した後の経営者の生活:国民年金では生活できない

【個人業を廃止した人の経験談】

個人業者は、
いつかは自分の店を持ちたいとか、
会社を作りたいという思いで働き、
その成果が実って独立開業できた人もいます。
また 親の仕事を継ぐために

どこかに修行してやっと
家の仕事を継ぐことができた人もいると思います。
みな願いが叶って一国一城の主になっていると思いますが、
大店舗法の改正や、下請けたたき、
大企業との資本競争により
個人業を廃業せざるを得ない店主達もいます。

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【修行して自分の店を出したお寿司屋さんの廃業】

・お寿司屋さんを廃業した人

中学校を卒業して、
住み込みで寿司屋に修行に行って、
30歳代でお店を任された人を知っています。

昔は就職と言わず、修業という言い方をしていました。

苦労して、親方について
朝から寝る直前までお寿司のことを学ぶようです。
生活の全部がお寿司屋さんになる為につぎ込まれます。

30歳代に親方が、お店を出させてくれたというのです。

親方の土地と建物を借りての独立開業でした。

最初の頃はよかったらしいのですが
回転寿司がたくさんできてきて

開店後20年弱で
とうとうお店を閉めてしまいました。
50歳位で 中学卒業から
やってきたお寿司屋さんの仕事を
辞めてしまいました。

この人は、廃業後 再就職しないで、
数年以上
奥さんと娘さんの収入で生活していたようです。
燃え尽きてしまったようです。

幸いお店の借金がなかったのが良かったようです。

【縫製工場を廃業した夫婦】

この人は友人の奥さんの親です。
お爺さんの代から縫製工場をやっていました。
ミシンかけの従業員も十人近くいて、
ミシンを何十代も持っていました。

大きな家に住んでいて、当時は大変稼げたようです。
しかし、20年近く前から
洋服の作成依頼をしていた大手のデパートや
洋服会社が、
外国に縫製の依頼をするようになりました

それで仕事が激減したのです。

さらに、そういう大手のデパート自体に売上がなくなり、
閉店するようになってしまいました。

そう言うことで現在、
日本は繊維会社がかなり少なくなってしまったようです。

縫製工場で働いていた女性達も仕事を失った人が多い筈です。

・その工場は、ミシンを売り払い、工場も閉鎖しました。

そこの社長は2代目か3代目だったようで
自分で会社を設立したわけでありませんが、

家の仕事を継ぐために他の縫製工場で修業して
苦労して、家の縫製工場を継いだと思います。

その社長は、閉鎖前の数年間は
奥さんと二人だけで仕事をしていましたが、

そのうち全然仕事がなくなり、
60歳前半で
ミシンのすべてを売却し、工場も閉鎖しました。

疲れた人

・閉鎖するまでの時間に次の仕事のことを考える

国民年金なので、年金では生活できないので
働かなければいけません。

次の仕事は同じ縫製作業の仕事がいいのですが、
繊維関係の勤め先は少なく、
60歳を過ぎるとありません。

精神的に強いのか、
工場を閉鎖するまで、
次のことを考える時間があったためか、
工場を辞めてから、
すぐに働きに行くことができたようです

自営業者が自分の工場やお店を閉めるといいうことは
たいへんなショックです。

この人は工場を閉鎖してすぐに
他の会社に仕事に行ったそうです。

しばらく立ち直れない位ショックだと思いますが、

この人は仕事が だんだんなくなって来たので

考える時間があり
心の準備ができたのではないかと私は思います。

・60歳を超えて個人業を辞めた後バイトに行く

工場を閉鎖した後、
スーパーの管理の仕事をしたり、
ショッピングセンターの案内の仕事をしていたようです。

奥さんは、ミシンのアルバイトをして二人で生活していました。

国民年金と
夫婦二人のバイト代で何とか生活しているといっていました。

でも今では二人ともパートはできない年齢になってしまい、

娘夫婦が面倒を見てくれています。

そして幸いなことに、
工場の跡地を、
駐車場として貸すことができたので良かったようです。

【軽貨物運送を廃業した人のその後】

・仕事の取り方

軽貨物運送の仕事を個人業でやっていた30代の人で、
仕事が全然なくなってしまった人がいます。

その人の仕事先は、
工業団地にある工場が お客さんだったようです。

ある工場で作った製品や半製品を
県内、又は近県にある他の工場に運ぶことが仕事でした。

その人がやっていた営業方法が、
他の運送会社の値段を聞いて、
「それよりも安く運びますよ」
というやり方で仕事を取っていたので、
仕事が多くあっても利益が薄かったようです。

かなり運ばないと儲からないし、
時より臨時の特別の事情がある急ぎの運送が稼ぎになるようでした。

・得意先の閉鎖で仕事がなくなる

しかし数年前、
大手の工場も閉鎖が多くなってきた時があって、
その人の得意先の工場も
閉鎖する会社がでてきてしまったのです。

仕事が激減してしまったので、

大手の運送会社で宅配などの仕事をやっていましたが、

値段も安く仕事量もたくさんあり、
自分がやっていた運送方法と違うので
その仕事は辞めてしまいました。

軽トラが故障し、それがきっかけで
その後ついに
軽貨物運送の仕事は辞めてしまいました。

やはりこの人も、
しばらくは他の仕事ができなかったそうです。

この人にも奥さんや子供がいました。
奥さんは以前からパートに行っていたようですし、
子供も働く年頃だったようでで、家族みんなで生活していたようです。

その後、配達の仕事でどこかの会社に勤めたようです。
同じような運転の仕事だったと思います。

【自営業者の廃業後の生活:国民年金では生活できない】

・やりたくても 仕事がない

自営業者は自分の事業を、自ら辞めるのでなく
仕事がなくなって
辞めざると得なくなるような時代だと思います

仕事をしたくても、仕事がなくなってしまうのです。

個人商店が多かった商店街を見ればわかると思いますが、

個人業の経営は本当に難しいようです。
今は個人業や小さな会社をやっている人は
自分達の事業に将来性がないと判断しているので、
子供達に後を継がせようと思っている人は少ないと思います。

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・個人業を廃業した人達のその後

個人業を廃業した後は、
しばらくは、働けない場合も多いようです。
50歳代でも燃え尽きたのか、
精神的なショックが大きいのかわかりませんが、

一生懸命やって来た人ほど
やってきた仕事を辞めた時
放心状態になるのかもしれません

スポーツ選手が大きな大会が終わった後
しばらくは なにもできないのと同じだと思います。

徐々に、売上がなくなり、
それでも事業を続けてこられた人だと

次のことを考える時間が取れ
自分の人生を振り返る時間もあり
心の準備ができるようです。

次の目標が見つけられると
廃業後の切り替えがスムーズにでき、
新しい出発ができるのかもしれません。

・個人業を廃業した後家族も頑張る

個人業を廃業した経営者は、
しばらく仕事ができないようで、
奥さんや家族が生計を担うこともあるようです。

家族が今度は家庭を支えてくれるのかもしれません。

国民年金では生活できないから、

何かしなければならないことはわかっています。

わずかな国民年金しかもらえない個人事業主が
60歳を過ぎ自分の事業を辞めてしまうと

かなり寂しいことになりそうです。

個人業を開業する場合、
50歳や60歳、70歳になった時のことや、
辞めた後のことも
考えるといいと思います。

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