ストレスと疲労でうつになり退職。でもまじめな友人は再就職できた

【残業も休日出社も生活費も増えてうつになった友人】

・仕事は工場で化粧品のパッケージの設計

大学の工学部の機械科を出た友人で工場に就職した人がいました。
主に化粧品の容器やプラスチック製品のふた等を設計製造します。
都心の大学に通ったのですが、卒業したら田舎に帰りたいと地元の会社を希望していました。
工場は実家の町の工業団地にあり田舎では大きな会社です。

そこでパソコンのキャドを使って化粧品のパッケージの設計や作成の仕事をしていました。
工場に勤めると言っても部署がたくさんあり、
大学を卒業した人は、生産ラインでの単調な作業はしないようです。

私のような高卒は、工場と言うと流れ作業の単純作業になります。
私に作図しろと言われてもできませんし、キャドで製品の図面の書けと言われても
全く意味が分からず作成することなどで来ません。
人にはそれぞれできる仕事が用意されています。

友人の担当の顧客は、大手の化粧品会社で、化粧品の容器を設計することが主な仕事だったのです。
複雑なデザインに合わせたキャップの設計に悩まされて、
帰りは遅くなる こともあったり、
早朝から図面の作業をしなければならなかったりして、
仕事量も年々増え、多くて大変だと言っていました。

化粧品の容器はデザインが凝っていて、使いやすさも考え、中身が出ないようにしたりする複雑なものでかなり大変な場合もあると言っていました。
それが仕事だから仕方がありません。
わかってはいるものの、他の面でもきつかったようです。

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・無理な注文も引き受けざるを得なく、残業が増える

顧客の無理な注文に苦労し、できそうもないことも 平気で引き受けてくる営業の連中と
もめることもあり、疲れると言っていました。

売る為に化粧品会社も必死だと思います。
化粧品は中身も重要ですが、パッケージもいいものでないとお客さんに買ってもらえませんから、入れ物も重要です。きれいな変わったデザインの容器だと、容器としての役目をなす為に苦労します。
作成期限もありますから、残業も多くなってしまう のです。

深夜まで残業があり、休日出勤も増えてきたのです。
さらに人員整理をしていた会社だったので、
友人のような中堅どころに仕事が集中してしまい、
毎日仕事がたくさんあって、期日に追われ大変だったようです。

私が、工場に勤めていた時は、レーンで単純な組み立ての作業ばかりしていて、
設計の仕事は楽しそうでいい、知識があればあんないい仕事もできるのか、かっこいいなあと思っていました。

しかし、他人のことはよく見えるようです。人の苦労はわからずいいところしか見えませんでした。

うらやましかったけど、そう言うことを聞くと我々は残業があっても2時間です。
帰りが、深夜になることはありません。
その仕事その仕事にいい所も辛いところもあるようです。

・仕事が減る会社、出費がでる家計、仲間の退職・・・

友人の会社も仕事を外国に持っていかれてしまうことが多くなり
製造部だけでなく、設計の部署の人達も辞めさせられるようになってきた というのです。

子供に学費がかかるので 何としてもこらえてくれ」と妻に言われていた ようです。

人減らしを会社が始めてきたようで、
司の嫌みな態度や無理な仕事も押し付けられことも増え
残業も、さらに増え自分だけが 休日出勤もさせられるようになり、
苦しい日々が続いたようです。

工場に勤めていた仲のいい人達も随分と辞めさせるようにされて、退職していった そうです。
いつか自分も・・・
しかし生活がかかっているから、絶対に辞められない と不安や恐れと疲労が蓄積して行ったようです。


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・うつっぽくなり起きられなくなった友人

いつしか会社に行くことができなくなり、
寝られなくなり、起きられなくなり、結局その会社を辞めました。
軽いウツになってしまったようです

おとなしく、内向的な性格です。
言いたいこともあまり言わないタイプです。
しかしなぜか私にはよく話すのです。

退職後、1か月位は夫婦で温泉に行ったりして、だらだらと休んでいたそうです。
そのうち職安に行って仕事を見つけとようと思っていたようです。

・日頃まじめだった友人は、すぐに再就職できた

辞めていった仲間を見ると、皆以前の会社の下請けや協力会社に再就職したそうです。
町では大きな会社だったので、その下請け会社との関係がよかった人は、
すぐに下請けや協力会社、関連会社に就職できた ようです。

自分は、そううまくいかないだろうと思って、しばらく無職を覚悟して
その分妻が頑張ると言っていたのですが、

どこからか友人が退職したことを聞いた協力会社から、就職の誘いが来た というのです。

給与は少し下がってしまうものの
今までと同じようなパッケージなどの設計をする仕事で
家から通えるので喜んで再就職をお願いしたそうです。

「もう少し休んでいたかったけど、
これをのがしたらいつ就職できるかわからないから、 大助かりだ」

と喜んでいました。

その後、体は回復して今では元気になり明るくなった とのことです。

日頃から下請けや関連会社の人たちに、よくしていれば困った時に受け入れてくれるようです。
上の立場にいても威張らずに、下請けや協力会社など地域の会社みんなで仕事をしていくのが仕事だと思います。

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